高さ制限と財政難
京都市が15年前に導入した建物の高さや容積率の厳しい規制を、一部地域で大幅に緩和する案を公表。
このまま税収を増やさない限りは破綻してしまうという京都市、
ようやく高さ規制に手を付けはじめた、という状況。
京都新聞に、こんな社説が掲載されていたので軽く紹介してみます。
<社説:高さ規制緩和案 京都市民の理解が不可欠>

高級なマンションやホテルが目立つ一方、30代の子育て世代が住居を手に入れにくくなり、周辺自治体に出て行った。事業所はオフィス不足に悩む。京のまちの空洞化は、多くの市民が実感してるのではないか。
そこに出てきた規制緩和案である。JR京都駅南側や山科の外環状線沿いなど5地域で高さ規制を下げたり、無制限にしたりするという。都市計画を議論する市審議会でも、地価のコントロールが困難である以上、規制緩和策を取らざるを得ないという考えに至ったようだ。
心配なのは、緩和で高級なマンションやホテルが増えるだけにならないかということだ。
そうなんですよね、
高さ制限を緩和すると、
結局お金儲け・ビジネスのための法規制緩和となってしまって、住民にはあまりメリットがないものになってしまう恐れが。
京都出身のバンド・くるりの岸田繁さんも
この高さ規制のトピックについてnoteで触れられています。
ちなみに仙台市や福岡市は都市景観レベチで美しいです。都市計画がキッチリしているのでしょう。京都市はブランドに甘え過ぎているきらいがあります。
古都の景観を守るために行われた独自の政策は色々ありますが、とにかくいちばん影響デカいのが「建物の高さ規制」です。コレ、私はずっと害悪だと思っています。
選ばれた人しか住めない、みたいな排他性を作っているのは、京都人そのものではありません。都市計画の杜撰さなのです。
別に美しくなくても、街に人が住んで活気があれば街輝くやん、て思えたのは、新景観政策導入前、人口増によるかつての賑わい。ホテルや謎の箱物、古くなった空き家だらけの今よりは随分マシでしょう。少しくらい高い建物が建ったとしても。
ニューヨークの高さ規制緩和の例
また、同志社大学の教授もこの件について
NYの失敗事例を絡めたコラムを書いてました。

京都市の著しい人口減に触れ、
京都市に移住して気づいた実感も含めての内容。
地下鉄やバス料金の高さはもちろんだが、生活者にとって決定的なのは住居費だ。8月末の京都新聞「人口減少数が全国1位の京都市 子育て世代が暮らしにくい都市に変容、一体なぜ?」にはマンション分譲平均価格が約5500万円に上昇し、市の職員でさえ3割超が市外に居住する現状が紹介された。住居費の高騰で京都市は「暮らしにくい」どころか「暮らせない街」になりつつある。
高さ規制をただ単に緩和するだけではうまくいかなかったニューヨークの事例を紹介されてます。
ニューヨークというと摩天楼のイメージが強いが、それは中心部など一部に限定されていて、低層住宅や小規模集合住宅の密集するエリアが多かった。
2000年代よりこれらのエリアで高さ制限が緩和され、高層ビルが次々に建設され、新規住宅供給数は約17万戸にも及んだ。だが供給数が増えても住居費は下がらなかった。大量供給されたのはホテルや高級マンションだったのだ。地価はかえって高騰し、一部の業者などが巨額の利益を得る一方、地域住民のなかには立ち退かされたり、暮らしにくさから市外に転出した人も出た。増加する富裕層・観光客と、普通の生活者の断絶は深まった。
こうした状況への反省から、2010年代半ばより新たな施策が行われた。高さ制限を緩和したエリアで開発する業者は、税制優遇措置と引き換えに、新規住宅数のうち3割は市場価格ではなく、地域住民の所得水準に合致するような低価格で供給することが義務付けられたのだ。
(同志社大教授、国際社会学・都市社会学、「現代のことば」2022年10月4日夕刊掲載 より)
少ない文字数でここまで端的に書けるのすげー、
と思いながら読んでました。
都市社会学。
トシシャカイガク。
・・・なかなか目にすることのないワードだけれども、
京都人なら真面目に勉強しないといけないのでは。
「完全な正解なんかない」のが世の常ですが、
そろそろ京都人も現実を直視しないといけない時期に来ているのではないでしょうか?
くるりの岸田繁さんの
「都市は人が居てこそ都市だと思います。」
という言葉が全てなのかなと。
住民も、観光客も一緒に楽しめる京都が戻ってくるといいですよね~
今日はそんな感じで。
かわなみ